第17章 インストラクショナルトランザクション理論(ITT)
  〜ナレッジオブジェクトに基づくインストラクショナルデザイン〜

出典:Merrill, M. D. (1999). Instructional Transaction Theory(ITT): Instructional Design Based on Knowledge Objects. In C.M. Reigeluth (Ed.), Instructional-Design Theories and Models Vol.II: A New Paradigm of Instructional Theory (pp.397-424;Chapter 17). Hillsdale,NJ:Lawrence Erlbaum Associates.


担当者:市川尚(岩手県立大学ソフトウエア情報学部鈴木研究室)ichikawa@soft.iwate-pu.ac.jp

■目次■
■概要■

目的:

 本理論の目的は、IDの原則に基づく効果的な教授(学習環境)の提供と、IDプロセスを自動化することによる効率的な開発にある。この理論の価値としては、 注意深く定義された方略による効率的な学習プロセス、自動化による効率的な教授設計プロセス、自動化による効率的なシミュレーション設計、シミュレーションとチュートリアルの連携、多くのガイダンスをともなう探索、学習中に必要に応じてリアルタイムに個別に適応する教授が挙げられる。

方法:

  1. 学習目標の提示
  2. オープンエンドな学習環境の提供
  3. 同定(Identify)のトランザクション:部品の名前や場所や機能を学習する
  4. 実行(Execute)のトランザクション:手続きが実行できるように学習する
  5. 解釈(Interpret)トランザクション:説明・予測・トラブルシュートができるように学習する

主な貢献:

 インストラクションの設計や構築にかかる時間の大幅な短縮。教授の原理に基づくこと。多くの種類の学習を扱えること。

関連研究:

担当者による概要(原文全体を読んで本章担当者自身がまとめてみたものです)

■キーワード■

■インストラクショナルトランザクション

 インストラクショナルトランザクションとは、生徒が特定の知識やスキル(学習目標)を獲得するために必要な学習の相互作用のすべてのことである。Merrillらの研究により、13分類(下表)が特定されている。インストラクショナルトランザクションのアルゴリズム(教授方略)は、教授の目的の達成を促進するために不可欠な、提示(presentation)方略、練習(practice)方略、そして学習者のガイダンス(learner guidance)方略を含む。

インストラクショナルトランザクションの13分類
構成要素(Component)の
トランザクション
01.同定(IDENTIFY) 実体の部品についての名前を言えて情報を覚える
02.実行(EXECUTE) 活動の中のステップを覚えて実行する
03.解釈(INTERPRET) 過程の中の事象を覚えて起こることを予測する
抽象(Abstraction)の
トランザクション
04.判断(JUDGE) 事例を配列する
05.分類(CLASSFY)  事例を分類する
06.一般化(GENERALIZE)  事例をまとめる
07.決定(DECIDE) 選択肢から選択する
08.転移(TRANSFER) 新しい状況にステップやイベントを応用する
連合(Association)の
トランザクション
09.伝播(PROPAGATE)  スキルの他のセットの文脈でスキルのひとつのセットを身につける
10.類推(ANALOGIZE) 異なる活動や過程に例えることで、活動のステップや過程の事象を身につける
11.代用(SUBSTITUTE)  ひとつの活動を他の活動を学習することに拡張する
12.設計(DESIGN) 新しい活動を創造する
13.発見(DISCOVER) 新しい過程を発見する

■ナレッジオブジェクト

 ナレッジオブジェクトは、知識の異なる関連した要素のコンパートメント(スロット)で構成された入れ物(コンテナ)である。ナレッジオブジェクトは以下の4種類が特定されている。

4種類のナレッジオブジェクト
エンティティ(実体;entities) 世の中のオブジェクトを表す。装置、人、動物、場所、シンボル等を含む。
(例えば電気のスイッチ)
プロパティ(属性;properties) 質的・量的なエンティティの属性。
値(value)のスロットや値に応じた描画(portrayal)のスロットを持つ。
(例えば電気のスイッチの位置という属性。属性値はon/off)
アクティビティ(活動;activities) 世の中のオブジェクトに作用する学習者の行動。
対応するプロセスへのトリガーを持つ。
(例えば電気のスイッチを切り替えるという活動は、スイッチの位置を変えるというプロセスを呼び出す)
プロセス(処理;processes)

エンティティのプロパティ値を変化させる事象。
プロセスは、アクティビティか他のプロセスによって引き起こされる。
条件(conditions)やそれに応じた結果(consequence)のスロットを持つ。
(例えばスイッチの位置を変えるというプロセスは、
 もし現在位置がonなら、スイッチの位置(プロパティ値)をoffにして、電気を消すプロセスを呼び出す。
 もし現在位置がoffなら、スイッチの位置(プロパティ値)をonにして、電気をつけるプロセスを呼び出す。)

さらに、すべてのナレッジオブジェクトは、次の3種類の情報スロットを持つ。この3種類だけという意味ではなく、オブジェクトによってはこれより多くのスロットを持つ。また、ナレッジオブジェクトは、他の知識オブジェクトへのリンクを持つ。

ナレッジオブジェクトが持つ基本的な情報スロット
名前(name) ひとつ以上の知識を参照するシンボルや用語を含む。
(例えばプロパティ「位置」という名前)
描画(portrayal) ナレッジオブジェクトを表現するひとつ以上のマルチメディアオブジェクト(テキスト、音声、動画、画像、アニメーション)を含む。
(例えば電気のスイッチがonの状態の画像)
説明(description) 製作者がナレッジオブジェクトについての情報を配置することができる。いくつかのサブスロットに細分することが可能である。
(例えば電気のスイッチの説明文)

■方法・事例■

 インストラクショナルトランザクション理論の実際について、同定(Identify)・実行(Execute)・解釈(Interpret)の3つのトランザクションの各々について、目的、知識構造、提示、練習、学習者ガイダンスといった情報が整理されている。また、学習環境をどのようにナレッジオブジェクトで記述するかも説明している。 事例には、本章で紹介されているダブルシートバルブのはずし方を学ぶ学習環境を用いている。

■補足■

 本章では、インストラクショナルトランザクションの13分類のうちの3分類分(構成要素のトランザクション)しか提供されていない。

■関連サイト・文献■

 


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Sep. 14, 2004 Hisashi Ichikawa, Faculty of Software and Information Science, Iwate Prefectural University.