Instructional Transaction Theory 概要 |
Merrillのインストラクショナルトランザクション理論(Instructional Transaction Theory;以下、ITT)は、同じくMerrillによる画面構成理論(Component Display Theory;CDT)を発展したID理論である。CDTについては、"Instructional-Design Theories and Models "のVolume1(GreenBook1)に載っている。
ITTの目的は、インストラクショナルデザイン(ID)の自動化にある。ドリルシェルのように、問題さえ作成すれば効果的な出題アルゴリズムを伴うドリルが構築されるのと同様に、教授内容(構成要素とその関係)を示した知識表現(データ)を指定すれば、ID理論(アルゴリズム)に基づいた学習環境が自動的に構築されるということを目指す。つまり、ITTはシェル構築(トランザクションシェル)のための理論と捉えることができる。IDの素養が無い内容の専門家でも、こういったツール(トランザクションシェル)があれば効果的な学習環境を構築できるということになる。ここで構築される学習環境は、学習者が個別に自由に探索できるシミュレーション環境を想定しており、原文には事例として「バルブをはめる・取り外す方法を学習する環境」が示されている。
ITTは、インストラクショナルトランザクションとナレッジオブジェクトという2つの概念から構成されている。トランザクションシェルのアルゴリズム部分がインストラクショナルトランザクションに、データ部分がナレッジオブジェクトに対応している。
インストラクショナルトランザクションは、本理論の最も核となる部分であり、「生徒が特定の知識やスキル(学習目標)を獲得するために必要な学習の相互作用のすべて」と定義されている。ガニェの学習成果の分類のように、それぞれのトランザクション(全13分類が確認されている)ごとに異なる教授方略が必要となる。本章では同定(Identify)・実行(Execute)・解釈(Interpret)という3つのインストラクショナルトランザクションについて取り上げている(この3つをまとめて構成要素Componentのトランザクションと呼ぶ)。各分類にはそれぞれに適した方略(提示・練習・ガイダンス)が提案され、例えば実行のトランザクションでは、レベル1が見るだけのデモンストレーション、レベル2は次に行うべきステップを提示していく、レベル3が次のステップを行えと指示するだけ、レベル4が自分でやってみるというような方略が示されている。
ナレッジオブジェクト(knowledge object)は、「異なる関連した知識要素のコンパートメント(スロット)で構成されたコンテナ」と定義される知識表現であり、トランザクションごとに必要とされるナレッジオブジェクトが提案されている。エンティティ、プロパティ、アクティビティ、プロセスの4種類のオブジェクトがあり、これらを組み合わせることで、学習環境の構造が表現される。例えば電気のスイッチというエンティティ(物)には、オンとオフのプロパティ(属性)があり、電気を消すというアクティビティ(活動)で、スイッチのプロパティがオンならオフにというプロセス(処理)が生じる。
本章の概要を図示すると以下のようになる。まず、学習者が自由に探索が行える(学習目標に向かって作業を行うことができる)学習環境がある。学習環境の構造はナレッジオブジェクトの知識表現で記述されている。この学習環境は、学習ガイダンスのようなものは無く、単に自由な探索ができるものであり、何かを習得しようとしても試行錯誤を繰り返すだけで非効率的な面がある。そこで、トランザクションごとに、そのトランザクションが目的とする学習が成立するための教授方略に基づくガイダンスを学習環境に提供していくことで、効果的な学習環境にしていこうというものである。トランザクションは、同定→実行→解釈となるに従ってより高度な内容となる(つまり部品名や場所[同定]をしらないと、手続き[実行]を学習することは困難であり、手続きをただ実行できるのではなく、なぜそれが起こるかをわかるのが[解釈]となる)。
このフレームワークでシステム(シェル)を構築すれば、教授方略はすでにシステムに組み込まれていることになるので、ナレッジオブジェクトを指定するだけで、システムが自動的に(ID理論にのっとった)提示や練習の方略を提供する。ナレッジオブジェクトを指定する方法は、用意されたシェルに依存する(例えば、質問に答えていくとナレッジオブジェクトが生成されるなど)。設計者や学習者は、自分たちの状況や学習課題の種類に応じて、これらの方略(トランザクション)のすべてやいくつかを選択して、学習環境に導入したり、利用することになる。
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Sep. 14, 2004 Hisashi Ichikawa, Faculty of Software and Information
Science, Iwate Prefectural University.