ハードウェア基礎 2002年度版テキスト




3.トランジスタ

3.1.トランジスタとは

トランジスタは20世紀を代表する発明のビッグ3の一つに入る。ショックレイ他2名 の発明者はノーベル賞を受賞しており、現代の文明を形成する基本要素の一つになっている。


3.2.半導体とは

電気の良導体(金、銀、銅、アルミ等)でもなく、絶縁体(ゴム、陶器等)でもなく、電圧や 僅かな不純物によって、ある程度の電流が流れるものを半導体という。シリコン(珪素)が その典型的な例である。元素の周期律表でW族のもの(他に炭素、ゲルマニウムなど)が街灯 する。W族は最外周の電子が4個のものである。(最外周の電子の個数が族に対応する。)
シリコン結晶の原子の並び方を3.1図に示す。この場合は隣同士の電子を共有しあって、見かけ上 最外周の電子が8個となっている。




図3.1 シリコン結晶での原子の並び方と最外周の電子の状況


8個は安定状態なので、最外周の電子の玉突き衝突は発生しにくい。だからこのままでは、 シリコンはかなり絶縁物に近い。


3.3.n型半導体

シリコンにX族の元素であるリンを微量に混入する。X族は、W族のシリコンに原子構造が似ているので、 結晶の中に入り込んで安定に結合するが、リンの原子は最外周の電子が5個なので、1個余っている。この 余っている電子は結合する相手がないので、僅かなエネルギーで束縛を抜け出して自由電子になりうる。 すなわち、電子の玉突き衝突を起こしやすい構造になっている。これは銅に部分的に似た構造であり、 良導体に近い性質となる。このような半導体をn型半導体(Negatice Carrier 半導体)と呼び、 その構造を3.2図に示す。



図3.2 リンが混入したn型半導体の最外周の電子の状況


3.4.P型半導体

シリコンにV族の元素「ガリウム」を微量に混入する。V族は最外周電子が3個であるが、W族と構造が 近いので、安定に結合する。しかしガリウム元素のところは安定な電子の個数には1個足りない状態なので、 近隣に自由電子があれば捉えてしまう体制にある。3.3図参照。
電子(マイナス電荷)を落とし穴のように捕らえてしまう、とのイメージから、Positive Hole :「正孔」 とも呼ばれる。実際の落とし穴だといったん落ちると抜けられないが、ガリウム原子の外周に入った電子の 束縛力はそれほど強くは無い。なぜなら本来の電子の個数(3個)よりも、1個多くなるから、電気的には マイナス電荷を帯びる。よって電圧の影響が及ぶとその力を受けてその方向の別の正孔へ引き寄せられて 容易に移るからである。だから落とし穴よりは「空き座席」のようなイメージである。(ガリウム原子オリ ジナルの正孔は正の電荷をもつわけではない。しかしこのオリジナルな正孔がたまたま近隣のシリコンの電 子を奪うと、正孔がシリコンの方へ移動したかの結果となる。このように二次的に近隣に発生した正孔は、 本来の電子が奪われているので正の電荷を帯びる。この時ガリウムでは本来より電子が1個多いので、 負の電荷をもつ。)



図3.3 ガリウムが混入したP型半導体

このような正孔(空き座席)を持った半導体の場合は、あまった外周電子の玉突き衝突が起こるのではなく、 空き座席に誘引されて飛び渡るような状況で電子の移動(逆方向への電流の移動)がおこる。結果的にこれも 一種の導体であり、これをP型半導体(Positive carrier)と呼ぶ。


3.4.pn接合

3.4図に示すように、ある一体のシリコン結晶の半分をp型半導体、残る半分をn型半導体とする。 図では黒丸を自由電子、白丸を正孔としている。



図3.4 pn接合

pn接合の境界を接合面と言う。(別々に作った2個の結晶を押し付けても接合にはならない。 境界に空気や酸化膜が介在し、原子レベルでの密着面にはならない。実際のpn接合は一体の 母体となるシリコン結晶に区域を分けて、イオン打ち込みや拡散などの工程を施して製作される。) このような特殊な構造の結晶では、熱エネルギーによる電子の活動によって、n型領域のリンの 5個目の電子が自由電子になって接合面を超えてp領域のガリウムの空き座席に入り込む。
結果として接合面の両側の一定の区域で図3.5のように正孔と自由電子が結合し消滅してしまう。 消滅した領域を空乏層と呼ぶ。



図3.5 pn接合面で発生する空乏層と帯電

n型の領域Cのリン原子から領域Bへ自由電子が拡散すると、残ったリン原子は電子が1個 少なくなる分だけプラスに帯電する。p型領域のBのガリウム原子の正孔に自由電子が1個 補足されると、電子が1個余計な分だけマイナスに帯電する。この結果3.5図のようにB領域 C領域に帯電が起こり、BC間に電位差Φ(約0.7V)が発生する。D領域に残っている自由電子 がC,Bを通り越してA領域まで到達して正孔に捕捉されると、帯電量が拡大する。しかしDの 自由電子が熱拡散しようとする力と、BC間に電位差Φがあるため、電化は散逸せず、お互いに 接合面に引き寄せられ、一定の幅の空乏層が維持される。
3.5図のように、pn接合面で帯電が発生する現象は摩擦による正殿帯電と類似しているかに見える。 しかし摩擦の場合は外部から摩擦エネルギーを加えた結果の帯電である、摩擦を中止すると、 静電気はいずれ放電してしまう。pn接合の場合は外部から特別なエネルギーは受けずに、 常温の熱エネルギーと事故の特殊な原子構造に起因する内発的な帯電であり、時間がたっても 消滅しない。ただし帯電しているプラスとマイナスとは同量であり、外から全体をひとつとして見ると トータル帯電量はゼロになっている。


3.5.pn接合ダイオード

pn接合に対して3.6/3.7図でしめすように電圧Vの電池をつなぐ。電池の電圧の方向はΦを 打ち消す方向で、Dの領域から自由電子をAの方向へ押し出す方向である。しかし、V<Φの 場合は、BC領域から受ける反発力のほうが強いので、自由電子のD→Aへの移動は微量だが、 V>Φになると、電池の電圧が反発力を上回り、その電圧の後押しで自由電子はどんどん D→Aの移動を開始する。



図3.6 電池の接続

この場合は3.5図のような孤立した素子ではなく、電気回路が形成されて電池から自由電子がいくら でも供給/吸引されるので、侵入した自由電子が、A領域で蓄積することがなく、回路全体を還流する。 この状態になるとA領域の正孔(座席)、D領域の自由電子予備軍、ともに電流が通過するだけの 密度があるので、銅ほどではないにしろ、十分スムーズに電流が流れる。電池の電圧VをV=0から だんだん値を大きくしたときに電流が流れる状況をグラフに書くと、次のようになる。



図3.8 電池の電圧Vを変えた時の電流

次に3.9図に示すように電池の無機を反対にしてpn接合に接続する。



図3.9 電池を逆向きに接続

するとA領域へは電池から自由電子が送り込まれるので、正孔(座席)に捕捉されてB領域が拡大 する結果となる。他方D領域では、電池が自由電子をうばいとるので、C領域が拡大する結果となる。 B領域では電子を捕捉した分だけマイナス帯電が増大する。B領域の正孔に細くされている電子は、 マイナス帯電の電気的圧力が強まり、A領域へ侵入しようとする電子をはねかえす。また自由電子を 失ったC領域が拡大しているため、玉突き衝突をしてDhe抜け出ることができずにBに滞留してしまう 。電池のでんあつVを大きくすればさらにB,C,が拡大する。
結果として、この方向に電池を接続すると、Vを大きくしても電流は流れない。


3,7図の向きの電圧を正方向、3,9図の向きを不方向として、両方をあわせて電圧:電流の グラフを書くと、3,10図の太線のようになる。(電池に普通の抵抗を接続したときの電流は 点線)



図3.10 pn接合ダイオードの電圧/電流 特性

このように一方向のみ電流をよく通し、逆方向には大きな電圧がかかっても電流を通さない 素子をダイオード(Diode)と呼び、回路記号は であらわす。


3.6.トランジスタ(バイポーラ型)

3,11図にn型半導体の間にp型半導体をはさんでサンドイッチ構造にしたnpnトランジスタを示す。 (同様にpnpトランジスタもある)



図3.11 npnトランジスタ

この構造に到達するまでに幾多の試行錯誤や幸運の紆余曲折を経ている。実際のトランジスタでは ベースの厚みが非常に薄く出来ているが、図示する都合上から分厚く描いている。 このトランジスタに3,12図のように電池を接続する。


図3.12 npnトランジスタ

接合Xに対する電池Kの関係は3,7図と同じ方向であり、この回路(電池K→B→X→E→電池K) では、電圧が0.7V以上なら電流がダイオードの順方向の特性に沿って流れる。

一方電池Lから出発して還流する回路(L→Y→B→X→E→L)は、接合Yではダイオード逆方向 、接合Xではダイオード順方向、と経由する。この状況をダイオード記号を用いて回路図にすると3.13 図となる。



図3.13 ダイオードに置換した回路

この回路を単純に解釈すると電池Kを還流する回路では電流がスムースに流れるが、電池Lの 回路では、ダイオードが1個逆方向に入るので電流は流れない。 ここで、実際のトランジスタのミソは、3,12図のサンドイッチのまん中のベース領域を非常に薄く 製作することにある。(1ミクロン以下)すると、単純な3,13図の回路では説明できない現象が 電子レベルで起こる
まずKを還流する回路を電子のレベルで考える。3,12図において、電池Kの電圧の力でKの負極 を出発した自由電子がE端子からn型半導体領域へ侵入する。Kの電圧(電位差)が0.7Vを 十分に上回っている場合は自由電子は接合Xの障壁電圧(0.7V)を乗り越えてp型領域(=ベース 領域)へ到達する。ここではB端子が接続されていて電池Kの正極が自由電子をどんどん奪い取るから 自由電子は回路を一巡する。
ここで、ベース領域が非常に薄く作られていると、ベース領域へ侵入した自由電子が正孔に補足 され、さらにB端子から外へ奪われる一方で、接合Yにも同時に到着する。(量的にはYへ到達 するものの方が多い。表面積が多いから)接合Yの右側の領域はn型半導体であり、3.6図に示す ように、右から左へ向かう電子は電位障壁に跳ね返されるが、左から右へ向かう電子ならば 電位差に引き寄せられる。いまベース領域で出口端子Bへ行く前にあふれて接合Yに近寄った電子は この引き寄せ効果によってどんどんn型半導体=C領域へ吸い出される。するとC端子には電池のLの正極 が接続されてC領域の電子をどんどん奪い取る。結果として電池Lの回路にも電流が還流する。 (L単独回路では接合Yが逆極性のために電流は流れないが、K回路の助けを借りて逆属性に横穴 をあけるようにして流れる)この状況を3.14図に示す。



図3.14 K回路(ベース回路)とL回路(コレクタ回路)に流れる自由電子の流れ

L回路に流れる電流は、K回路の助けを借りて流れているにもかかわらず、その量はKの20倍程度 になる。その理由は、ベース領域が非常に薄く出来ているからである。ベースに侵入した自由電子は ベース端子出口へ到着するよりも先に、大多数は接合Yに近寄り、コレクタ領域にかかっている高い電圧 Lに吸い出されてコレクタ領域へ入る。入った電子はそのまま電圧Lに引っ張られてコレクタ端子出口へ 向かう。

ここで電池Kの電圧Kが少し変化し、その結果E→Bへの電子の流れ(B→Eへの電流)の量が、 アナログ的に1,2,3と変化すると、E→Cへの電子の流れ(E→Cへの電流)は20,40,60 と変化する。この現象を増幅と呼ぶ。(増幅率20倍)
E→Bへの電子の流れの量が、デジタル的に0,1と変化すると、E→Cへの電子の流れは0,20と 変化する。この現象を遮断とかスイッチと呼ぶ。(両方とも本質的には同じ現象)

前者の増幅動作はテレビ、ラジカセ、携帯電話などで、微弱な信号は計を拡大するために利用される。 後者のスイッチ動作はコンピュータその他デジタル機器で1個の動作をn個へ伝えるため、および フリップフロップ回路に応用されて情報を記憶するために利用される。



図3.15

このような増幅やスイッチの動作は、1950年代までは真空管あるいはリレー(スイッチのみ) で実現されていたが、トランジスタはそれらには無い次の特徴をもっている。

・非常に小さなモノとして実現できる。 (もともとが原子レベルの現象であるから小さくて十分)
・非常に高速動作ができる。 (もともとが電子の移動であるから早い)
・非常に信頼性の高いものとして実現できる。 (一体の固体としてできていて、消耗する部分なし)
・大量生産が可能である。 (原材料シリコンは無尽蔵に近い。生成、写真製版、ガス拡散など自動化が可能)

これらの総合効果として一石のなかに1000万個以上のトランジスタを持った超LSIが工業 製品として実現されるに至り、いまや産業のコメとも呼ばれている。