記者・文責 並河岳史 黒岩先生はロシア事情の授業を大きく3つのテーマにしぼって教えると決めていたそうです。 「ソ連崩壊のメカニズム」 「日露交渉史」 「ロシア人のルーツとアイデンティティ」 このうち「ソ連崩壊のメカニズム」は前期で終わったので、のんびりしていたら社会福祉の実習とかもあって、ちょっと余裕がなくなってきたそうです。 ところで、その授業を受けた人間として、「ソ連はなぜ崩壊したのか」ときかれたらどう答えることができるでしょうか。たぶん、記者ならおおざっぱにこう説明するでしょう。ソビエトおよび東側陣営は、経済的および軍事的に西側に遅れをとった。だから、国民が不満を持った。民主化の動きが力を持った。 我々はイデオロギーが正しいから繁栄している、あいつらは経済が間違っているから幸せではない、と双方が主張していました。最終的にはアメリカが勝ち、モスクワにマクドナルドが建ってソビエト連邦は崩壊しました、とか。 説明する相手にもよりますね。知っている中のどれか適当な一面を言うしかないでしょう。自分がわかっていることを全部うまく伝えることなんて、できそうにありません。たぶん先生でもそうなのでしょう。 現在のモスクワからベラルーシのあたりでは、雷神ペルンを主神とする多神教が広く信仰されていました。それを強制的にキリスト教に改宗させたのが10世紀のウラジーミル大公で、以後ロシアには東方キリスト教の教会がいくつも建ち、キリスト教文化の影響を受けていきます。 ロシアは13世紀に東から襲来したモンゴルに敗れキプチャク・ハン国の支配下に入ります。そして270年の間、遊牧民族に税を納めていました。この時代を後世の歴史家はタタールのくびきと呼びます。タタールというのはモンゴル人に対するあまりいい意味ではない呼び名です。そして、くびきというは家畜と車(馬車・農具)をつなぐ道具のことですので、タタールのくびきというのは、かなり屈辱的なニュアンスで作られた言葉だと言えるでしょう。最近ではモンゴル人に支配された時代に官僚制が整ったなど、いい影響を評価する学者も現れているそうですが、多くのロシア人にとってはやはり屈辱だったのでしょう。 ロシアがキプチャク・ハン国の支配の打ち倒したのは1480年のことです。モンゴル人は宗教には寛容だったので、270年に渡る支配の間もキリスト教文化は壊されずに残っていました。しかし、ロシアにキリスト教を伝えた東ローマ帝国がイスラム勢力に滅ぼされてしまいます。その結果、ロシアは東方キリスト教を守る唯一の国になってしまいます。正しいものを世界に伝える孤立した国、という意識はソビエト時代にもはっきりあったそうです。 第二次世界大戦で最も多くの死者を出したのはソビエト連邦でした。その傷の深さを、出生率というデータから見ることができます。出生率は、戦争中は下がり続けるものですが、戦争が終わると増加します。外に出ていた兵隊が帰ってきて、みんな子供をつくるからです。日本におけるベビーブームもその例と言えます。しかし、ソビエト連邦の場合は1945年に戦争が終わってから、1947年まで出生率が下がりつづけました。この当時にスターリンが作った法律に、男が自分の妻以外の女に子供を産ませることを奨励はせずとも社会的に容認するような内容のものさえありました。ここまで多くの犠牲を払ったことは、ロシア人のメシア思想に何らかの影響を与えたことでしょう。 長らく事実上の独裁者だったスターリンの死後、指導者の地位に昇ったのはフルシチョフでした。フルシチョフは党大会でスターリン批判をして混乱を招いたり、キューバ危機での敗北で批判されます。1964年には失脚してしまうのですが、彼が書記長だった時期は、ソビエトに比較的自由な気風があったそうで、雪解けと呼ばれています。この時期を若い頃に経験したゴルバチョフやエリツィンが、後に時代を変えていくことになります。 現ロシア大統領のプーチンは、KGBでの海外勤務経験があります。KGBはソビエト時代から有名な諜報機関です。若い頃にスパイ映画に憧れてKGBに入ったと著書に書いています。 日本の閣僚の経歴は、一流大学を出て政治家に弟子入りとかそんなのばかりですが、諜報員だった大統領なんて西側先進国をちょっと見回してもあまり聞きません。 プーチンが憧れたスパイ映画は、イギリス製の有名な007シリーズと比べるとアクションのない作品だったそうです。舞台は第二次世界大戦のドイツで、主人公はドイツ軍の将校として信頼されているのですが、さまざまな危険をくぐり抜けてドイツ軍の情報をモスクワに送りつづけています。ロシア遠征にも従軍し、やがてドイツ軍は敗北して補給を絶たれたまま撤退していくのですが、主人公はモスクワにとどまらずに、ドイツに帰る道を選択します。彼がその後どうなったのかはわからない。そういうふうに終わっている作品だそうです。 諜報機関は現実には映画のような派手なことはほとんどしていません。機関の役割は大きく分類して、諜報、防諜、謀略の3つに分けられます。諜報というのがいわゆる情報収集で、外国の新聞を何紙も毎日隅々まで読み続けて、政治家の力関係や人間関係などさまざまなことを分析していくのが主な仕事のようです。もちろん、現地での情報収集もしますし、合法的ではない仕事もいくらかはします。防諜は、他国の諜報活動を妨害し防ぐのが目的です。日本は対外的には諜報活動はしないと言っていますが、防諜の技術はそれなりにあるようです。数ヶ月前に自衛官がロシアの武官に機密書類のコピーを渡していた事件でも、両者が接触しているところを公安は現行犯で押さえています。 諜報の恐ろしいところは、種明かしが一切されないことです。警察の手口はテレビである程度公開されていたりしますが、自衛官の事件では何一つ明かされませんでした。やはり重要度が全然違うのでしょう。 ← 次回(12/6)へ ← ロシア語とロシア事情Uの目次へ |