ジャーナリズム
定義
新聞、雑誌、ラジオ、テレビなどで時事的な問題の報道、解説、批評などを行う活動。また、その事業、組織。
解説
マスコミとジャーナリズムの違い
マスコミ;マス・メディアを媒体にした大量の記号・情報の伝達----受容を社会全体に実現する社会現象のこと。特に、記号の大量伝達過程の構造が主要なテーマ。
ジャーナリズム;マス・メディアを媒体にすることはマスコミと同じだが、思想的・イデオロギー的表現・伝達・行為が正たる動機となる点において異なる。
最近ではこの2つを混同し、ジャーナリストが単に大量の記号・情報の伝達に終止することがあるように思う。
現在のジャーナリズムとジャーナリスト
ジャーナリズムの世界に携わり仕事をするのは当然ジャーナリストである。しかしそのジャーナリスト、特に新人ジャーナリストの質の低下がアメリカでここ数年問題になっている。
これに対し、CJR誌(コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌)が、調査会社パブリック・アジェンダ社との共同で、新人ジャーナリストに対する先輩ジャーナリスト125人の意見を収集するというアンケート調査を行った。
CJR誌編集者のニール・ヒッキー氏の調査結果報告によると、約10年前と比較して
- 回答者の約1/3は、過去にくらべて新人の質が低くなったと感じている。以前より良いという回答は1/5に過ぎず、42%が以前とかわらないと感じている。
- 2/3は、新人の公益問題についての知識が過去にくらべて劣ると考えている。
- 半数以上が文章能力が劣ると考えている。
- 57%は、新人の仕事に対するモチベーションとやる気が劣ると考えている。
- 43%は、優れた記事を識別する能力に劣るという。
もちろん後ろ向きな回答ばかりというわけではないのであるが、「名声は求めるが、情熱、倫理がない」というのが、アメリカの新人ジャーナリストに対する評価のようだ。
こういった人たちがこのまま増え続けると、ジャーナリズム界全体が1880〜1890年代にかけてピークとなり問題になった、「イエロージャーナリズム」化していく可能性があるのではないか。
これからのジャーナリズム
現代において、インターネットや携帯電話を使って情報のやり取りをすることはもはや当たり前となている。そして、これらは今や、TVや新聞と同じくらいの影響力があり、そのことで誰もが情報の発信者となり、大きな影響を与える可能性がある。
ということは、誰もがジャーナリズム的世界の中に入り、ジャーナリスト的側面を持つことができるということだと思う。
このような時代においては、ジャーナリストではなくてもジャーナリズムの倫理をしっかりと把握することが大切であると思う。
(参考文献[2]より)コミュニケーションのハード・システムは国境をこえ、国際的に装備されているけれども、そのハード・システムに生命を吹き込む人間の主体性と世界観に映し出される'力量'が問題なのだ。具体的にはメディアのコミュニケーション内容つまり'ソフトウェア'の中身が大切なのだ。メディアは限り無く情報産業化の道を突っ走っているけれども、要はメディア・ジャーナリズムの「現在」にどれくらい真剣に取り組んでいるか。今日、問われているのがまさにそのことである。
参考文献
[1] 広辞苑 第5版、新村出、岩波書店、1999
[2] マスコミュニケーション論(I)、早川善次郎、学文社、1997
[3] マスコミュニケーション理論 第五版、メルヴィン L.デルー、敬文堂、1994
[4] SAPIO 第11巻11号、小学館、1999
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