キーワード3:沈黙の螺旋仮説(ちんもくのらせんかせつ)



定義:

沈黙の螺旋理論(Spiral of Silence theory)は、1972年にドイツの世論研究者であるノエル・ノイマン女史 (Neulle-Neumann)が初めて提唱した理論仮説である。
この仮説はおよそ次のようなものである。
人はふつう、集団や社会の中で孤立したり、村八分にされたりすることを恐れる。
こうした恐怖感があるので、周囲の人びとがどんな意見をもっているのか、 あるいはどんな行動をとっているのかを絶えずチェックしている。
そこから、世の中の意見の分布状況(意見の風土)についての一種の統計的な感覚を身につける。
たとえば、ある政治的争点に関して何%くらいの人が賛成しているのか、などといったことに関する 判断を下すことができる。
こうした判断が、人前で自分の意見を公然と表明するかどうか、という決定に影響を与える。
もしある争点に関して自分の意見が、世間の多くの人たちと同じである、つまり、自分の 意見が多数派だという認識をもつならば、かれは人前でも堂々と意見を表明するだろう。
逆に、自分の意見が少数派だと判断する場合には、その人は自分が孤立したり、 あるいは仲間外れにされることを恐れて、沈黙を守るだろう。
その結果、自説への信念がきわめて強く孤立を恐れない「ハードコア」と呼ばれる ごく一部の人たちを除いては、少数意見は公然と表明されなくなり、 多数派と目される意見だけがますます声高で話され、しだいに「世論」として公認されるようになる。
このように、孤立への恐怖と意見の風土認知、それに伴う沈黙の螺旋的な増幅という、 一種の雪だるま的な循環プロセスを通じて、特定の意見が、 次第に優勢な意見つまり「世論」になっていく、という考え方である。


解説:

1974年の論文「沈黙の螺旋:世論の理論」で、ノエル・ノイマンは「世論」という概念を「制裁を受ける心配 をせずに公衆の面前で表明できる意見のことであり、公共の場での行為の基礎となりうるような意見」と定 義している(Noelle-Neumann, 1974)。
また、「世論は優勢(dominant)な意見であり、それは一定の態度や行動を人びとに強制する。
すなわち、これに反抗する個人には孤立化の恐怖感を与え、政治家に対しては 有権者の人気が落ちるという脅しを与える」と述べている。
そして、ノエル・ノイマンは「沈黙の螺旋過程」に関する次の5つの仮説群を提示した。

1.個人は社会環境における意見の分布を頭に描く
2.自分の意見を公の場で表明するかどうかは、周囲の意見分布によって影響される。もし自分の意見が 多数派(になりそう)だと思われれば、意見は表明されやすくなり、その逆ならば沈黙しやすくなる
3.過大評価された意見がより頻繁に表明される結果、実際の意見分布と、知覚された意見分布との間に は食い違いを生じることがある
4.現在優勢な意見は、将来にわたって優勢だと知覚されやすい
5.現在は少数派でも、将来は多数派になるという見通しがあれば、孤立化の危険は少なく感じられる。し たがって、意見もそれだけ表明されやすくなる

その後、ノエル・ノイマンらは、選挙調査などを通じて、この仮説群の検証を試みている。
1992年の論文(Noelle-Neumann, 1992)では、これを、次のような5つの仮説群という形で改めて整理している。

1)社会は逸脱した個人に対して孤立という脅威を与える
2)個人はつねに孤立することへの恐怖を感じている
3)孤立への恐怖感は、人びとを、たえず意見の風土を評価するよう仕向ける
4)意見の風土の推定の結果は、公衆の行動、とくに意見の自発的表明ないし隠匿(沈黙)に対して影響を 及ぼす
5)以上4つの前提が結合して、世論の形成、保持、変容に影響を与える

先の論文での5つの仮説群とは少し違っているが、これはその後他の研究者から批判を受けた点を考 慮して、「孤立への恐怖」などを単なる独立変数ではなく、それ自体が説明されるべき従属変数にもなりう ることを示したものである。

 ノエル・ノイマンは、「意見風土の知覚」に影響を与えるものとして、ある意見が優勢だという情報を社会 的に「公共化する」マスメディアの機能にも触れている。
つまり、社会の中のある意見は、マスメディアの「公共化機能」によって、社会内に分布する顕在的意見を 「公共的な意見」すなわち世論に転化するのだ、と述べている。
意見が公共化することによって、それは公に認知された多数意見として、同調への圧力を 生み、沈黙の螺旋的な展開を引き起こすものとされる。
 平林(1986)は、マスメディアを「意味付与を行う機関」(signifying agents)として位置づけることによって、 ノエル・ノイマンのいう「公共化機能」を次のように再定式化している。 すなわち、「メディアが提示する社会的リアリティは、メディアによる『公共化』を通じて、 人びとが共有している(と知覚されている)公共的リアリティになる。
公共的リアリティであるからこそ、それは一つの社会的合意の基礎になり、そこから公に逸脱 するものには社会的制裁が与えられるのである」(平林,1987)。
 沈黙の螺旋過程においても、社会的同調への圧力に屈することなく、最後までこれに抵抗を示す人びと がいる。かれらは、新たな社会変動の始発者としての役割を果たす。
 ハードコア層(hard core)とは、沈黙の螺旋過程が最終段階を迎え、多数意見が支配的になってもなお、 孤立することを恐れず少数意見を固守する少数の人びとのことをいう。
ハードコアは、争点に関して非常に強い信念をもっているために、 孤立の脅威を生じる状況においても、積極的に自分の意見を表明する傾向がみられるという。


参考文献:

インターネット
(マス・コミュニケーション論)http://www.soc.toyo.ac.jp/faculty/mikami/masscom/lec-menu.html

(担当:佐藤 亮介)