第9章 柔軟な適応性をもつID手法の開発に向けて
出典:Schwarts, D. L., Lin, X., Brophy, S., & Bransford, J.D. (1999). Toward the Development of Flexibly Adaptive Instructional Designs (Chapter 9). In C.M. Reigeluth (Ed.). Instructional-Design Theories and Models Vol.II: A New Paradigm of Instructional Theory. LEA.


担当者:鈴木克明(岩手県立大学教授)ksuzuki@soft.iwate-pu.ac.jp

■目次■


第9章の概要
詳細な方法
事例:ストーンズ川の謎
事例:ボーダーブルー(詳細な方法付)
関連サイト・文献
コメント・疑問点


■第9章の概要■

フレキシブル(柔軟)な適応性を持つID(Flexibly Adaptive Instructional Designs)とは?
すべてID者が決めて提供して教師や学習者に何の選択の余地も残さないことと、何もID者が決めないですべて教師や学習者に任せて助言も提供しないという両極端の中間的な位置づけをねらった理論。ジャスパーシリーズの開発で、教師が開発意図に沿わない利用をした経験から、任せてはダメで利用ガイドの必要性を感じたことから発想した理論。IDプロセスは、初期デザインを行うID者と、利用者である教師や学習者、地域の人々などが協同して行う創造プロセスであると捉えている。初期デザインの重要性も認めながら、一定の範囲内で利用者が柔軟に使えるフレキシビリティを持たせるべきだとしている。

STAR LEGACYとは?
STAR=Software Technology for Action and Reflectionの略。利用者が次の利用者のために遺産[Legacy]を残せるしくみを提供し、フレキシブルで成長する教材を実現した。
LEGACY画面は学習サイクル(方法の2−7)をメニュー画面に図示することで、学習過程の中で今どこに位置するかを思い出させ、次にやるべきことを示すと同時に、何回かまわるときに複数のチャレンジの類似性に気づかせる効果がある。
学習サイクルを提示することがこの場合、ID者が提供する枠組みで、それを意識しながら教師や学習者が、自分たちの工夫を凝らして問題を解決していく。そのことで、ID者が提供するプロセス自体を身につけていく。

目的:深い理解を得させると同時に問題解決や、協同学習、コミュニケーションのスキルを向上させる。問題解決型の学習からプロジェクト型の学習へと進む。
主な貢献:柔軟な適応性を持つIDをサポートする明快なフレームワークを提供。新しいプログラムを考えるときの豊富なガイダンス。理論の形成過程での実証研究に支えられた方法論を提供。
方法
  • 1.先を見る・あとで振り返る「双眼鏡」
  • 2.最初のチャレンジ(サイクルの始まり)
  • 3.アイディアを練る(問題と解決策)
  • 4.多視点から眺める(モデルの提示)
  • 5.研究と修正(学習者が挑戦する)
  • 6.度胸試し(形成的なテスト)
  • 7.公開(サイクルのおわり)
  • 8.徐々に深める
  • 9.遺産についての振り返りと決断

    ■詳細な方法■

    本理論の骨格を成す方法の詳細には次の9段階がある。2−7段階を3サイクル繰り返す。
    1.先を見る・あとで振り返る「双眼鏡」
    詳細な方法
      チャレンジすることがどんなことかを理解させ、今すぐにチャレンジする機会を与え(事前テスト)、あとで振り返えり自己評価するためのベンチマークを提供。動機づけのための画像、解説、質問。[学習目標を列挙するだけではイメージが湧かないための工夫]
    2.最初のチャレンジ(サイクルの始まり)
    詳細な方法
      学習することが何かをイメージさせる(メンタルモデルを持たせる)[3つのチャレンジが用意されている。チャレンジは誰かが困った状況を示して、学習者に解決してくれるように頼むビデオなどが使われる]
    3.アイディアを練る(問題と解決策)
    詳細な方法
      アイディアを電子的なノートに書き出し、クラスで共有する。考えを外化させ、アイディアを交換させ、教師にも知らせる。初期段階がどんな状況だったかを記録してあとで成長を実感できるベースラインにする。
    4.多視点から眺める(モデルの提示)
    詳細な方法
      専門家の視点と術語に触れ、自分たちのアイディアと比較させる。何が不足しているかを確認し、現実的なゴールを設定する。様々な考え方があることを知らせる。[正解を教えずに、追究の方向性を示す効果がある。同時に、良質のレポートの例を提示する効果もある。]
    5.研究と修正(学習者が挑戦する)
    詳細な方法
      情報収集、協同作業、『ジャストインタイム』講義、スキル向上レッスン、他の生徒の残した作品(遺産[Legacy])鑑賞、シミュレーションや擬似体験活動など。
    6.度胸試し(形成的なテスト)
    詳細な方法
      準備ができたと感じたときに挑戦させる。多肢選択テスト、小論文、作品作りなど様々な形のテスト。チェックリストなどで何を参考にすれば合格基準に達するかをフィードバック。動機づける。
    7.公開(サイクルのおわり)
    詳細な方法
      最良の解決策を提示させる(電子的な公開、プレゼンテーションなど)と同時に、後輩へのアドバイスを遺産[Legacy]として残させる。 思考を外化、自己評価・相互評価のやり方を会得させる、達成基準を明確にし、相互に学びあうことやより高い基準を目指すように仕向ける。公開することの意義を理解させ、サイクル全体を振り返らせる。
    8.徐々に深める
    詳細な方法
      テーマを相互に関連させて、徐々に高めていく。徐々に大きな問題に高い理解に導く。問題解決型で選択させるチャレンジから、プロジェクト型のデザイン(創造)させるチャレンジに進む。
    9.遺産[Legacy]についての振り返りと決断
    詳細な方法
      3回目のサイクルが終わったら、「双眼鏡」に戻ってどのぐらい高まったかを振り返る。困難でいらいらした体験のあとで忍耐強さがもたらす結末(良い結果)を示す。どの遺産がもっとも後輩にとって良いものになるかを決めさせる。最もよい遺産と振り返りの過程をCDに焼き付ける。


    ■事例:ストーンズ川の謎■

    ストーンズ川が汚染されているかどうか、汚染があるとすればそれは何でどこが原因かを探るビデオベースの教材。謎を解くために、水の汚染を調査する方法や間接的な因果関係、エコシステム,酸素が果たす役割など多くのことを、情報検索やアイディア交換、仮説の検討や修正などのプロセスを経て学んだ。次に地元の川を調査するプロジェクトを立ち上げた。関連する活動を順次展開していくことで,徐々に理解を深めることができた。とくに、間違いを修正していくことは、学習しそこなったから生じる罰ではなく、学習過程で生じるごく自然の要素であることを学ぶことができた。


    ■事例:ボーダーブルー■

    テキストに紹介されている本理論の適用例。詳細な方法に対応して何が仕掛けられたかが説明されている。
    1.先を見る・あとで振り返る「双眼鏡」
    事例:ボーダーブルー
      葛の野原、ショウジョウバエ、税関代行者(検疫官)、人口成長曲線の図、タバコ、ゾウムシ、食物網、学校菜園、火の静止画を見せて、「このチャレンジが終わると、今見た写真の一つ一つがどうつながっているか、さらにそれが生態系を説明するのにどう役立つかが議論できるようになります」との解説。「すぐに説明できることがあるならばやってごらん。分からないことは調べてみよう」と挑発。
    2.最初のチャレンジ(サイクルの始まり)
    事例:ボーダーブルー
      クリスが海外旅行から持ち帰った「蚊を追い払う効果があるとされる植物」を検疫で没収された様子が写される。急いでいたので、なぜ没収されたかを聞くことができなかったクリスが問いかける。「2つのことが分からないんだ。あの植物は本当に蚊を追い払う効果があるの?そして、どうして検疫官はあの植物を没収したの?」
    3.アイディアを練る(問題と解決策)
    事例:ボーダーブルー
      アイディアを書き出す(ノートか、電子ノートに)。「その植物は麻薬だったんじゃないの?」「虫を怖がらせる植物があるという宣伝をテレビで見たことがあるけど、あれは金儲けのためのうそだと思う」 クラスノートに書き出されたみんなの意見を交換し合い、互いに意見を深めていく。
    4.多視点から眺める(モデルの提示)
    事例:ボーダーブルー
      3種類の情報がビデオ画面で提供される。「毒素を持つ植物を研究した生徒。害虫から身を守るために殺虫効果をもつ成分を含む植物がある。ニコチンはその一例。虫を追い払う効果がある植物はあると思うが、クリスが持っていたものがそれかどうかはわからない。」「植物に害虫がいるかもしれないから没収されたのではないかとの意見を表す生徒。カリフォルニア州で地中海のショウジョウバエが入ってくることが問題になったことに言及。ショウジョウバエがどのぐらいのスピードで繁殖するかを実験した結果を示し、捕食関係の差異によって個体増加率が変わることを示す。生態系に存在しない虫が植物と一緒に持ち込まれることを危惧しての没収ではなかったかと推測。」「葛の繁殖について調べた2人の生徒。政府は農家にお金を支払って葛を植えさせたが、南部では繁殖しすぎて問題になった事例を紹介。別の外来種として、Witchweedと呼ばれるゴマノハグサ科の有害植物が意地悪な魔法使い(witch)のようにトウモロコシなどの根に寄生して作物を荒らす雑草(weed)であることを紹介。没収されたのは、その植物が外来種で繁殖しすぎるものだったからだと推測。」
    5.研究と修正(学習者が挑戦する)
    事例:ボーダーブルー
      提示されたモデルのそれぞれについての活動を提案。地元の園芸店にいって、外来種を売っているか、地元の生態系を壊した外来種があったかなどを調べる。政府のホームページで繁殖性の外来種についての情報に導く。異なる状況の中で植物と害虫の数がどう変化するかのシミュレーション。生態系と適者生存についての簡単な実験を提案。植物が生存のために用いている形態上の、化学的な、あるいは模倣的なメカニズムについての情報を提供する、など。
    6.度胸試し(形成的なテスト)
    事例:ボーダーブルー
      クリスのケースと法則が同じ「マリーゴールドがアブラムシ除去に効果的か」という問いから、バラ園に使えるかどうかを調べる。必要な情報を提供し、そこから判断して決断の理由についての小論文を書かせる。チェックリストを渡し、マリーゴールドの必要量や必要以上の繁殖の可能性については考えたかなどを確認させる。小論文の中で考察していなかった点について、何をどう調べたらよいかを知らせ、修正させる。
    7.公開(サイクルのおわり)
    事例:ボーダーブルー
      クリスの問題について、ベストの解決策を公開する。同時に、このプログラムを将来使う学習者に対して、取り組み方のヒントやアイディアを遺産として残す。
    8.徐々に深める
    事例:ボーダーブルー
      第2のチャレンジ:北米に繁殖した外来種「マスクアザミ」が家畜がとげを避けることを利用して減らすことができた事例を取り上げて、どのように減らすかを提案させる。 第3のチャレンジ:創造課題として、生態系を崩さずに防虫剤を使わないですむ学校園をデザインさせる。
    9.遺産[Legacy]についての振り返りと決断
    事例:ボーダーブルー
      「双眼鏡」を第3のチャレンジが終わったときに、再び見て、タバコの絵が持つ意味を考える。ニコチンのことなど。


    ■事例の領域についての学習を深めるリンク集■

    未整備(植生、外来種、生態系、人口成長、などなど)

    ■柔軟適応IDに関するリンク集■

    柔軟適応IDに関するWebページ
    親ページ
    未整備 未整備
    レガシーという仕組み(第4章) 三宅なほみ, 白水始, 2003, 「学習科学とテクノロジ」, 放送大学教育振興会
    社会的文脈に埋め込まれた学習 今井むつみ・野島久雄,2003,「人が学ぶということ」,北樹出版
    柔軟適応理論の源泉(ジャスパープロジェクト)紹介 鈴木克明(1995b)「教室学習文脈へのリアリティ付与について―ジャスパープロジェクトを例に―」『教育メディア研究』2(1) 13 - 27


    ■コメント・疑問点■



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    岩手県立大学ソフトウェア情報学部
    岩手県立大学学内ホーム
    by Katsuaki Suzuki, Ph.D., Graduate School of Software and Information Science, Iwate Prefectural University. 



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